shandrani流『次元』の説明

 

私はこのブログをスピ用語を使って書いていこうと思っている

自我とかエゴとか真我とか覚醒とか、
4次元とか5次元とか、

そういったスピ用語を使用していく

その方が読者も理解しやすいかなと思う

 

こういった言葉や用語も人間世界の観念が生み出したものなのだから、
いつかは不要になるときがくる

 

スピブログなどではスピ用語を自己流に解釈してるものがけっこうある

なので統一性もないし意味もテンデンバラバラなんだよね

 

だからどの説明を信じていいのか分からないこともあるし、
信じた意味が全然見当違いの場合もある

 

私のこの解説、別に信じてもらわなくても構わないんだよ

ただ、私がここまで覚醒してきて、
ああ~~そういうことなのかぁ~~~ って、
腑で真から納得できたものをまとめてあるから、
私流の解説だと後々ぜんぶにスジが通るんだよね

 

どっかに勘違いの箇所があるとスジが通らなくなる

一ヵ所の勘違いのせいで、結果、違う所に行ってしまう場合がある

幻想の世界ではそれでも別にいいんだけど、
幻想世界を通過すると一本のスジが通り、矛盾はなくなるんだよね

 

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 shandrani流『次元(レベル)』の解説 

 

どんな人間も進歩(進化・成長)の道程がある

私はそれを表すのに“次元”や“レベル”という言葉をこのブログ内で使うことにする

 

この世界は大まかに2つに分けられる

今、自分が生きている世界が現実だと信じて疑いもしない人たちと、

この世界はスピリチュアルな目に見えないものも混在した世界だと気づいてきた人たち

 

前者を仮に3次元世界の住人、
後者を4次元世界の住人だとしておく

 

4次元を通過し終えたら5次元(悟り)ということになる

 

この次元分けはこのブログ内で説明しやすくするために使用するけれど、

そもそも魂に次元やレベルなんてものはないからね

 

「次元」とか「レベル」とかの概念は人間が自我&エゴの頭で作り出したものだからね

 

この次元分けは当ブログの説明を分かりやすくするための目安程度のもの

 

簡単な人間の進歩(進化・成長)を表したものであり、

3次元、4次元、5次元を格差的な意図で使っているのではない

 

これらはハッキリした区切りはなく混ざり合っており、

一つの次元の中でも、未熟⇔成熟の幅がある

 

3次元を終えたら次は4次元、といった枠できっちり区切られているわけではもちろんない

 

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■3次元は我良しの世界
~両目を閉じた暗闇の状態~

 

3次元の初期はかなりの原始人・野蛮人レベル

自分の我欲を満たすだけ、
それができれば善し悪しなど考えたりしないで何でもやる

 

視野範囲がかなり偏狭で、
目先の利益を得ることしか頭になく、
長期的に物事を見れない

 

非人道的、残虐な行為など、
人の物を奪い自分を満足させるのはその人にとっては当たり前

 

最低限の家族愛はあるが、
そこには男尊女卑や暴力や我欲を満たすためには犯罪もやるというものも含まれる

 

3次元も進むと周りや他者を思いやれるようになり4次元へと進んでいく

 

■4次元はスピリチュアルの世界
マヤカシと幻想のミラクルワンダースピランド
~目が開きつつあり、暗闇に光が射し込んできたような状態~

 

スピリチュアルに興味をもつ人、霊能者の人たちはだいたいここ

 

「スピリチュアルが流行っている」などと言われることがあるが、
スピリチュアルは流行り廃りのあるものなのではなく、
人間が覚醒への進化の過程で通過する登竜門のようなもの

 

私たちは純粋無垢な状態で生まれてくるのだけど、
成長していくに従い、
環境や周りの影響や、
自分自身でも、
観念や常識といったものを次々に纏わせていく

 

インストールしてきた性質も含め、
私はそれらをまとめて『自我&エゴ』と呼ぶが、
(自我とエゴはゴッチャのままでも構わない)
4次元に入るとそれらを徐々に自覚する道程に入っていく

 

4次元では自分自身や3次元の人たちへの寛容や許しといったものを体験する

 

4次元に入るといわゆる「悪いこと」をしなくなる

それは「天に向かって唾を吐く」の意味を知るから

「天に向かって唾を吐けば自分に唾が返ってくる」という『因果の法則』

これが腑で解ると人に悪いことをしようとは思わなくなる

「人にしたことが自分に返ってくる」というスピ概念が人生の基盤として定着したレベルが4次元だと言える

 

フワフワしたスピリチュアルという現実離れした幻想的な要素が加わってきて、これが思いのほか楽しいので、
幻想にハマり、マヤかされやすく、
4次元に足止めされやすい

 

自我&エゴを満足させられるため留まりたくなり、なかなか先に進めない人が多く、
5次元まで行かずにこの世を去る人がほとんど

 

3次元のまま亡くなる人もあれば4次元のまま亡くなる人もあるが、
それは魂のレベルや優劣などのせいではない

(スピ世界の大御所さんたちはほとんどが4次元終了)

 

3次元のときはあまり関心がなかった慈悲、奉仕、利他、癒しといったものを重要視するようになり、
ほんの小さな不思議体験から超常現象、
「探求の終わり」と勘違いされる悟りの体験やプチ覚醒までここに含まれる

(3次元でも不思議体験をする人ももちろんいる)

 

自分で気づかないうちに変性意識(シータ波)の状態に入るようになったりする

(ヘミシンクや瞑想などで自分から進んで変性意識になるものも含む)

 

善悪、闇光などの二元はない、という自分の体験による認識をもつ人も増えてくる

4次元も進むと自我&エゴを手放していく(統合)道程に入っていく

 

終盤になると真我が現れてくる

 

真我が覚醒しはじめて、ようやく本当の「今ここ」を体感するようになる

(スピオタクさんたちが実践してる「今ここ」は頭でそう思い込もうとしているだけ)

 

真我覚醒(覚醒というものは一度きりのものではない、ずっと続いていく)すると「愛」という言葉は使わなくなる

 

■5次元、幻想から醒める
~両目が開く~

 

4次元の幻想体験(お試しやトラップ)を通過しなくてはここへは来れない

3次元から4次元を飛び越えて5次元へくる人はおそらくいないと思われる

(これは私は体験してないので断言はできない)

 

カルマが失せるのを自覚し、カルマの種がなくなる

(なので果もない)

というか、カルマは念が生み出す幻想の産物だったと知覚する

 

変性意識(トランス状態)に陥ることがなくなる

 

自我と真我が一つになる主客合一を果たすと、
自も真も区別ない『我(個我)』として『現実世界』を生きていくことになるが、
覚醒とお試し(そこで止まるか、覚醒を続けていくかのお試し)は続く

 

初めは3次元の現実世界に戻ったかのように錯覚するが、
以前と違うのは、
目を閉じたままの3次元と、
両目を開けた5次元の違い

視野の広さが違うということ

 

4次元の幻想世界には二度と戻ることはない

(戻りたいと思っても戻れないし、戻る気もない=スピリチュアル卒業)

 

地球上で起こっているあらゆる残虐でおぞましいと思われる事象も、善悪などでの見方をしなくなる

 

悟りについて書かれた覚者たちの本や教典・聖書などの教義(スピ知識)は3·4次元のものなので、ここまで来ると不要になる

 

観念に縛られることがなくなり、人間社会で作られてきた常識や法則などの囚われから脱していく

 

因果律とも無縁になっていく

 

肉体も変化していく

(アセンションのライトボディーではない)

 

我欲からのモノへの執着やこだわりが失せ、真に必要なものしか周りに置かなくなる

(自分に真に必要なものがはっきり解るようになる)

 

何にも囚われることがなくなり、
真の自由と平和と安寧の暮らし

(といっても平和などという概念すらもなくなる)

 

「苦」が完全に失せる

ここでようやくノンデュアリティの境地だと知覚する