現実的なもののスピ的な利用法

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物理学とか量子力学とか脳科学とか、
こういったわりに現実的だと認識されているジャンルと、
スピリチュアルという目に見えない世界との関係が、
スピブログやスピ情報誌などで取り上げられるようになってきています。

これらの分野が進歩発展していけば
スピリチュアルと密接に関わっていることが
将来ハッキリと証明されるかもしれませんね。

スピリチュアルマニアの皆さんもそれを望み
歓迎しているようですね。

私もこれらの分野で日夜研究に励んでいる人たちを素晴らしいと思っているし、
その探求熱心さも応援したいし、
どんどん新しい発見が成されていくのは嬉しいし喜ばしいことだと思っています。

✶ ここでプチ情報 ✶『証明したい症候群』

本人が心底から腑で解っていることなら
何かを利用して他者に証明してみせようとかする必要を感じたりしません。

スピブログに有名な覚醒者の言っていたこととか
引用する人がよくいますが、
あれは本人が心底から知覚できていないことの
“ 無意識 ” の “ 足りない ” “ 不安 ” の顕れです。

それではここからは私の意見を書いていきますね。

上記にあげたもの以外にも、
医療、警察、政治、教育などなど、
しごく「現実的」だと私たちが当たり前のように思っている分野がたくさんありますね。

これらぜんぶ
人間の “ 観念 ” が作り上げてきたものなんだって
分かっていますか?

だから、

どれだけ進歩していこうが
新たな技術が生み出されていこうが
これらには何の確証もない

ということでございます。

どれだけ研究、検証されて出された結論だとしても、
そこには常に相反する評価が付いて回ります。

「 正しい • 間違っている 」

という二面が常につきまとうのです。

つまり『真理ではない』ということなのでございます。

長い間みんなが正しいと思ってきた概念が
覆されたりすることがあったりしますけど、

それは新たな真実が証明された

ということではありません。

「人間の観念が上書きされた」

というだけなのです。

スピ的に言いますと、
これらの現実的なものたちが存在しているのは
私たちの内観のツールになるためです。

信じるとか信じないとか、
正しいとか間違っているとかも、
各人の価値観や観念による自由選択で、
そこに各々の内観の材料がある

ということです。

例えば
病院や医療はもはや私たちの生活にはなくてはならないものとなっています。

現実的に見れば
治療してもらうために医療や病院は存在してるのですけど、

病院に行くのは嫌い!という人はけっこういるし、
病院を信頼してよく行く人もいます。

だけど、

「安心 VS 信頼できない」とか
「この治療法は正しい VS 危険なものだ」などの

あらゆる真偽を追求していくために存在してるのではないし、

さらに言えば、

世のため人のため、
病から人を救うため、
病院や医療を発展させていくために存在しているのでもないです。

( ⚠ 私は各分野で頑張って開発や追求している人たちを否定しているのではありませんし、
ここでは各分野で発展のために働いている人たちの仕事の中身について語っているのではありません。
そこを理解できない人はこの記事はまだムリして読まなくてもいいです)

病院や医療に対する各人の評価、

それは各々の主観、
好み、
過去の体験、
無意識の記憶などが混ざりあっていて、

その人の病院や医療に対する観念を作り上げています。

その観念はその人の自我&エゴから作られているということです。

つまり
病院や医療は
“スピ的” に見ると
自分の中に潜んでいる何らかの自我&エゴをあぶり出すために存在してくれているということなのです。

私が思うに、
世界中のすべての人が
医療や病院に対するすべての観念を
ぜんぶ昇華させることができたとき
医療や病院は存在意義を失い
存在は消滅する。

「医療や病院がなくなるなんてそんなことあり得ないでしょ~~~」

って思います?

(がそう思っているの?)

逆に言うと、
私たちに観念がある限り
病院や医療は地球上に存続するってことですね。

もちろん医療や病院だけじゃなく、
私たちの世界に当たり前にあるもの、
そのすべては、
私たちの内観のツールになるために存在してくれている
ということです。

様々な分野で真偽についての議論が巻き起こることがあるけれど、
真偽を追求することや
他者と真偽について意見を闘わせることも
もちろんやりたいならやればいいんだけどね、
それも内観のキッカケとして活用するといいよ
ということなのです。

アナタの中にある自我&エゴが
アナタの意見を作り出しているのですからね。

その意見は自分がどれだけ根拠があるんだからと主張しても、
他の誰かにとっては間違いだと思われることがあったりします。

私たちは自分のモノサシで世の中のすべてを判断しています。

そのモノサシはアナタの何でできているのかな?
そこを省みてみようよ
ってことです。

前回の記事では
「4次元で体験する摩訶不思議なことが幻想~」
って書きましたが、

人間の “ 観念 ” が作り上げてきたものがすべて
いつかずーっと先の未来では
「 幻想だったね………… 」
って言われるようになる

のかもしれない。

そう言えるようになったらようやく弥勒の世なのですよ。

弥勒の世にするにはどうするのか?

もうずっと言ってきました。

自我&エゴを内観し昇華させていくしかない。

『自我&エゴの集まり=観念』なのですからね。

観念のない世界が弥勒の世ってことです。

だけどそれまでは
私たちはこの『現実』の中で一生懸命に生きていけばいい。