【有料記事】悟ったのは「誰」?

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「悟ったと認識したのは誰なのか?」
「それを体験したのは誰なのか?」

という悟り界隈の問いがある。

リサーチしてみると様々な答えが見られました。

「すべては幻に他ならない、なので “悟る自分” も存在しない」

と書いているブログもあるし、

ノンデュアリストさんたちは

「そもそも自己などない」
「体験者はいなくて体験だけがある」
「ストーリーがあるだけ」

と言っています。

「悟りに至るとき自己はいる」
「悟りに至るとき自己はいない」とに
意見が二分してもいるし、

他にも、

「悟りに至るという行為そのものが成り立たない」
「覚醒するとこの世にはもう存在できない、ゆえに語っているのは偽者」
「悟った私がいたとしたらそれは本物の悟りじゃない」

などなど多彩な意見が見られます。

また、「不立文字」や「一字不説」などと伝えられているからなのかどうかは知らないけど、覚者さんたちは

「“それ” は言葉では表現できない、言葉を超えた領域のはなしだから」
「なので “これ” とか “それ” とかで表現するしかない」
「悟ると “それそのもの” になる」
「至った私は何者でもなく単なる “それ” です」

などと「これ」とか「それ」とか「それそのもの」というワードを使い、悟りやノンデュアリティの境地を説明しています。

ではでは
悟ったのは「誰」なのか、
もうここらへんでその答えをはっきりと書いておきますね。

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