スピリチュアル詐欺について

 

この世に存在するどんなものも二つの面がある

例えば、
好き・嫌い
信じる・信じない
信頼できる・胡散臭い

「スピリチュアル」もそうだよね

 

ちょっと見かけたスピオタクさんのブログに
「スピリチュアル詐欺、こういうのに要注意!」
という記事があった

そのスピオタクさんはオーラ診断とか霊視とかやっていて、
記事を色々読んでみたら感じのいい優しそうな人

でもオーラとか霊視とかに懐疑的な人から見ればその人も
「こういう一見優しそうな人でももしかしたらスピリチュアル詐欺なのかも」
って思えるかもしれない

 

私のある友達はスピリチュアルにほとんど関心がないんだけど、
その友達に私がやってる内観のことをちょこっとだけ話したら、
眉をひそめて引かれてしまった

スピリチュアルに関心がない人からすると内観も
「何それ……カルト宗教がやってそうな……………」
って怪しく見えてしまうのかもしれない

 

このブログには当初から独自の『shandrani流次元の説明』というものを設えている

人それぞれ成長のレベルによって接するものの判断や意見は変わっていくということをあらかじめ頭に入れておくと自分自身や他者を理解するのに役立つかなーと思い、このブログの要として設置している

 

このブログの常連さんはもう分かっているだろうけど、
このブログで私がレベルとか次元とか書いているのは
「霊的レベル」とか「魂レベル」のことではなく、
「人間的なレベル」のことを言っているのね

 

霊とか魂とかのレベルって、
どんな小さな子供もどんなお年寄りも
みんな同じなんだよね

というか、魂や霊にレベルなんてないからね

皆、同じところから生まれてきているのだから、そこにレベルなんてあるわけがないの

ほとんどのスピオタクさんはそれを分かっていないよね

 

私たちは人生を生きていく中で様々な経験をし、
そこから得た学びが人間的なレベルアップにつながる

でもそれは「覚醒」とは違うよ

「覚醒」というのは真我覚醒をおいて他にはないから

 

さて本題、スピリチュアル詐欺について

 

詐欺って色々あるけど、
ここではスピリチュアル詐欺と言われているものについて私の意見を書くね

 

詐欺というものは
騙す・騙される
という二面がある

その視点から、スピリチュアル詐欺はいくつかに分けられる

 

おおまかに分類すると
①最初から騙すつもり(いわゆる故意犯)
②自分の信念に基づいて行ったことがヘタすると犯罪扱いになるもの(確信犯の類い)
③騙すつもりなど全くないが詐欺だと決めつけられてしまう4次元スピ

 

①は真正の詐欺
②は場合によっては処罰の対象になる
③は本人には全く悪気はなく、自分がやっていることを正しいことだと信じて世のため人のためとやっているのに一部の懐疑的な人から詐欺に思われてしまったりするもの

 

①っていうのは、
個人であろうが組織であろうが、
そういうのをやる人は
まだ3次元のレベルにある人

で、被害者の方も当然3次元の人

3次元レベルのスピリチュアル詐欺師たちが
スピを毛嫌いする3次元レベルのアンチスピたちを作り出していると言える

 

世間で問題視されるスピリチュアル詐欺とかマインドコントロールとかは、
3次元レベルの者がスピリチュアルを詐欺や洗脳に利用している

 

そういった犯罪に関わる、
犯罪の被害者になる、
というのはほとんどが3次元レベルの人に必要な体験

「騙す・騙される」ってのも3次元レベルの人たちが体験すること(学び)なのね

 

だから「スピリチュアル商売で騙された!」とか言ってる人は、
自分のレベルがまだ3次元にあるっていうのをカミングアウトしてるようなもの

詐欺だの犯罪だのと言う人って、
私に言わせればまだ3次元のレベル

スピリチュアル詐欺に関わらず、
「加害者・被害者」っていう意識があるうちはその人はまだ3次元ってこと

 

①の影響で
「スピリチュアル詐欺に騙されたからスピなんてキライ!」とか、
「スピリチュアルはぜんぶ詐欺!」とかって、
スピリチュアルを危険視する人がけっこういるわけだけど

 

でもそれって「スピリチュアルに騙された」んじゃなくて、
「スピリチュアルを利用した詐欺師に騙された」ってことなんだけどね、

3次元の人ってそこを混同してしまうんだよね

 

例えば「結婚詐欺」というものがあるけど、
それで結婚そのものを「悪いもの」と決めつけてしまうことってほとんどないよね

でもスピリチュアル詐欺の場合、
「スピリチュアルぜんぶ詐欺、悪いもの」と決めつける

スピリチュアルというツールと
詐欺を行った人とを
ごっちゃに捉えてしまってる

詐欺という犯罪行為に利用されたツールそのもの(スピリチュアル)を良くないものだと決めつけてしまう

そういう人は①と③の見極めもできないレベル、
3次元特有な短絡的で視野の狭い考え方しかまだできない

それは
心にそういう不可視なものを受け入れる余裕がまだない(心がまだ狭い)ことの表れ

スピリチュアルをそうやって決めつけ、
真面目に真剣にスピリチュアルやってる③の人たちのことも頭から否定する

 

「スピリチュアルが良くないもの」って決めつけたがる人たちは、
「自分に理解できないものを悪に仕立て上げたい!」という潜在的な欲望や畏れを持っていて、
それを自分で気づけないんだよね

こういう人たちには
自分の外に悪という対象が必要なのね

それは「自分の考えこそが善、正しい、正義(と思いたい)」という幼稚な自我&エゴの表れ

 

そういうのはその人の何かの学びなんだけど、
まだ3次元の人はなかなか学べない

「自分の考えが正しい」と思い込んでいるから

自分が正しいと思い込んでしまっていて、それを一切疑おうとしない、
それが3次元たるゆえんなの

 

視野が狭いうちは
スピリチュアル=カルト、怪しい、胡散臭い
みたいに短絡的に決めつけ、嫌悪感を持つ

スピリチュアルの定義や解釈は人それぞれだからもちろんそれでも構わないんだけど、
それはやはりその人の自我&エゴ(観念)による偏見なんだよね

 

真に4次元にまで来てる人は
詐欺(犯罪)に遭ったりすることはほとんどないし、
もちろん自分が詐欺を謀ることもない

4次元にまで来ている人は他者を騙してお金を巻き上げようとか、金づるにしようとか、考えたりしない

 

もし、真に4次元の人が誰かに騙されたりしたら、
4次元の人は己の責任として自分を省みようとするけど、
3次元の人は不快なことが起こると一方的に相手や周りのせいにする

そして自分がいかに正しいかを周りに分かってもらおうとし、
賛同してくれる仲間を集めようとする

法律がどうのと並べ立てる

 

真に4次元にまで来てる人は
「人生に起こること全ては自分に責任がある」
って解っているから、

「騙された!」
「相手のせい!相手が悪い!」
「あのスピは詐欺!」
とかって他者の責任にするようなことは言わないんだよね

 

こういうことを言う人は、
どれだけスピに詳しそうに見えても
中身はまだ3次元のレベル

そういう人ってたいてい自分のことを俯瞰で観れないから、
自分のレベルは高いとひそかに思っている

だからそういう人がこの記事を読んだら
ムキになって反論してくるかもしれないね

 

でも私もそうだったけど、
覚醒していって自分が3次元レベルだった頃をふり返ると、
自分のことが全く見えてなくてなんて傲慢な人間だったんだろうと、
穴に入って出てきたくなくなるくらいに恥ずかしく思えるんだよね

 

自分の未熟さってのは
その時には見えない、
後にならないと分からないもの

だから覚醒していく過程では謙虚さ(卑下や卑屈さではなく)が不可欠なの

 

こうは言っても私は3次元の人たちは低レベルだとバカにしているわけじゃなくて、
どんな人にも人生にそういう試練や学びがあって、
そこを自分で乗り越えながらレベルアップしていくしかない
ということを言っているだけ

 

自分がどのくらいのレベルにいるのかは、自分の身に起こることを冷静に観ることができる人なら分かるはずなの

でも未覚醒の人たちにはそれはなかなか難しいんだよね

 

✴︎

 

スピリチュアルやってることを理解されにくく、誤解を受けがちな③

スピリチュアル商売やってるスピオタクさんのほとんどは
自分がやっていることを信じている

本気で真剣にスピ商売をやっている

でも関わった相手が3次元レベルだった場合、
「これは詐欺だ!」って決めつけられてしまう可能性もある

もしそういうことがあるなら
それはその人の乗り越えなきゃならない試練、学びだよね

 

また、
③の中でも真に4次元レベルの人と、
中身はまだ3次元レベルなのに4次元スピ界に入ってきてる人とに分けられる

今は後者がすごい増えてきている

私が「中身と思想にギャップがある」と言ってる人たち

参照⇨『ダミーの悟り』

 

4次元に見せかけて中身は3次元の人たちがやっているスピ商売にカモにされるスピオタクさんたちも多くて、あちこちで叩かれてるのを見かけるけど、
それは①の故意的な詐欺ではないよね

でもスピを目の敵にしているアンチスピさんたちからは「スピリチュアル詐欺」と一緒くたにされ、断罪の対象にされる

 

一昔前はスピリチュアル詐欺といえば霊感商法のことをいっていた

でも今は
スピリチュアルといえば詐欺
と思われたりする

スピリチュアルを詐欺に利用する人がいるんで、
スピリチュアルのイメージが貶められてしまい、
スピリチュアルが悪いものだと思われてしまう

それって単に当人の観念(偏見)ってだけなんだよね

その人が自分からその観念(偏見)をどうにかしようと思わない限り、
その人にとってはいつまでもスピリチュアル=悪いもののままで、

自分の観念によって毛嫌いするものの中に有る恩恵を得ることもできなくなる
(=覚醒できないってこと)

 

そしてスピリチュアルを詐欺扱いするような言説たちは、
スピリチュアルを貶めてスピリチュアルから遠ざけさせ、覚醒させるまい!という
自我の仕掛けているトラップでもあるんだよね

 

✴︎

 

アンチスピの人たちってスピにハマっている人のことを「現実逃避してる」って言うよね

でもね、
逃避していない人間なんて
この世に1人たりともいないからね

みんな何かから逃げてる

目をそむけているものがある

自分を偽り、自分を隠そうとする

“本当の自分”から遠いところにいる

 

他者がスピにハマっているのを「現実逃避」と非難するのは、
それは自分自身が同じことをやっているから

「自分は現実逃避してます」と言ってるようなものなんだよね

 

私たちは人生を生きていく中で
様々な体験をする

なぜかというと
己の自我&エゴをあぶり出すため

なんだけど
それを知らないままの人がほとんどだよね

 

で、騙したり騙されたりという体験は
自分の中に隠された自我&エゴを観ることで
大いに覚醒の役に立つんだけどね

 

スピに騙されたとか言う人って、
自分の中に見たくない、認めたくもない、
醜~~い自我&エゴが潜んでいるわけよ

その醜い自分を観たくないから、
ムカつきとかイラつきの矛先を
騙した相手やスピリチュアルに向けているだけ

矛先を自分に向ける勇気と覚悟があれば
覚醒は進んでいくんだけどね

 

3次元の人はそもそも
「すべては自分に責任がある」という考え方を
受け入れることができないのよね

だってこれ受け入れたら、
人のせいにすることも、
言い訳することも、
できなくなっちゃうもんね

 

これ、理屈で理解できることじゃないからね

でも自分で腹の底から受け入れることができないと
先には進めない

人から「こうなんですよ~」って聞かされても、
自分で腑から納得できないと
進んではいけない

 

私にもこの考え方をアナタがたが納得できるように言葉で説明するのは難しいんだけど、

例えば、
何もない所で転んだことはない?
普通に階段を降りていて足が滑って落ちてしまったようなことはない?

こういう場合、
何のせいにする?

何もない所で転んだとき、
何のせいにする?

階段から落ちて、
ここに階段なんかあるから!階段のせいだ!って言う?

足が滑って落ちた!足のせいだ!って思う?

 

これね、
自分がそうなるように決めていた(生まれてくる前に自分で自分の人生をプログラミングしていた)からなんだよね

その日その時間に
転ぶようにアナタ自身が決めていた

階段から落ちるように
アナタ自身が決めていたの

だからそういうことがアナタの身に起こったの

 

これ、
例外は一切なくて、

自分の身に起こることすべて、
アナタが自分で決めていたことが起こっているの

 

真理に
例外とか
たまたまとか、
一切ない

 

この説明で納得してもらおうとか私は思っていない

納得できるか否かも
アナタ自身が決めていることだしね

まだ納得できない、
まだ納得したくない、
という人もいるだろうから

 

私のことをイカレテルと思いたかったら思っていいのよ

私だって、納得できないことが山ほどあった

納得できるまで何年もかかったものもあったからね

 

自分の進歩を急がなくてもいいんだよ

 

✴︎

 

詐欺に遭った、被害を被った、というなら、
法に訴えるのもその人に必要な3次元体験

私はそれをくだらないことだとか思ったりしない

自分がやりたいようにやればいいと思っている

 

でもアナタがもし真剣に覚醒していきたいと思っているなら
内観をやってみてもらいたい

 

もしスピに不快感を持っているなら、

なぜそのスピと関わることになったのか?
何を相手に求めたのか?
どうなりたかったのか?
何をしてもらいたかったのか?
自分が正しいと、自分は間違っていないと、心底から言えるのか?

そういった内観をやってみるといい

 

何か答えが浮かんだら、
「なぜそう思うの?」
と聞いていくと、
だんだんと深い所まで内観は進むことができる

 

だけど、
聞きたくない!
知りたくない!
という恐怖心がわいたときは、
無理することはない

そこでやめても構わない

いつかきっとまたチャンスはくるから