対症療法と原因療法

※この投稿は、
医療の場での「対症療法・原因療法」について書いているものではありません。
スピ界をこれらの用語で比喩的に表して書いているものです。

しかし「対症療法・原因療法」という表現は
身体の疾病だけでなく
心の問題にも使って差し支えないのではと
私は考えています。


以前プライベートで、
スピとかそんなに詳しくない友だちの悩みを聞いてあげていたとき、
私は「こんな考え方してみたら?」って、
考え方や見方を変えてみるアドバイスをしたことがあるんです。

(これは自己啓発のレベルでは一般的な技法です)

そのときの彼女、顔がパァーっと満面の笑みになって、
私は喜んでもらえたなら良かったと思いました。

次にその友だちと会ったとき、
また別の悩みで悶々としてるのを聞いてあげてて、

私はそのとき
「こういうことをやってみたら?」と、
ある行動をやってみることをアドバイスしたんです。

彼女は自分に自信がなく人とのコミュニケーションも苦手な人なのですが、
私には彼女がその行動をやってみることで
それが失敗するにしても成功するにしても
彼女が自分に自信をつけられてグンと成長できることが分かってました。

でも彼女はすぐに不服そうな顔をして、
前回みたいな
考え方や見方を変えるアドバイスを欲しがったんです。

行動することでのメリットや行動のやり方のパターンをいくつかアレンジしてみたりなど、あれやこれやと伝えて勧めてみたのですが、

彼女は「えぇ〜〜……」と不満そうに言うばかりで首を縦に振ることはなく。

彼女は行動して動く気がないんだなと見て取れました。

なので私はもう何も言わずにそこで話を打ち切りました。

「考え方や見方を変えてみる」

それは確かに効果があったりします。

でも残念だけどそれは一時的なその場しのぎにしかならないのです。

( 一時しのぎ:その場をうまくやり過ごして、本格的に取り組まないこと)

というか。

それは自分洗脳であり、
それを続けても根本からの解決はできないんです。

要するに ”対症療法” にしかならないのです。

自分に自信がなくて人とのコミュニケーションが苦手な友だちの場合、

それを自ら克服したいと思うなら まず自分で動くこと。
人と接していくこと。

真に自信をつけていくためには成功値を積み重ねていくしかないんです。

でも彼女は自分から動いて行動するのを嫌がった。
面倒くさがった。
怖がった。
手っ取り早く考え方を変えるだけで自分の問題、悩みを好転させることを望んだ。

自ら行動することを躊躇する彼女の気持ちはもちろん私にもよく分かります。

でもそこで動いてみなければ、
ずっと今の自分のままなのです。

動いてみてうまくいけば自信がつくし、
もし失敗しても勇気出して動いてみた自分を誉めることができる。

私は彼女に自分の力でステージアップしていってほしかった。

そのキッカケにしてほしかった。

でも彼女には自ら進んで行動していく勇気がまだ持てていなかったのですね。

友だちは最初のアドバイスで考え方や見方を変えるだけで「問題が解決できた♡」かのように錯覚したのでしょう。

実際は状況は何も変わってはいないのに。

自分の考え方一つで
いっとき人生が好転したと思えても、
それは根本からの解決ではないのです。

こういう
「考え方や見方を変えるだけ 」
というやり方で進んでいくクセをつけてしまうのは、
先々 ”原因療法“ がやり難くなる可能性があります。

人って、
安易な対症療法に慣れてしまったら、
手間をかける原因探しがバカバカしいと思えてきたりするから。

フワスピ界では

「設定変更」とか
「波動や純度を高める」とか
「潜在意識の書き換え」とか、

もはや定番として行き渡っていますが、

これらも一時しのぎの対症療法、
そして自分洗脳しているに過ぎません。

人生が好転してきた!
望みがバンバン叶うようになった!

と思える。

(実際そうなってることも多い)

でも実は問題が根本から解決できているわけじゃない

っていうことに気づいてない。

このフワスピメソッドに慣れていくと、
「もうこれからぜんぶこのやり方でやっていけばいいんだ〜♪」
ってなる。

だって簡単楽ちんだから。

自分の心の奥に隠しているものたちと向き合ったりの面倒くさいことしなくて済むから。

望みさえ叶えばいいんだから。

自分の見たくないものを観なくて済むから。


スピ界に広まっているノンデュアリティも対症療法です。

例えばこういうの⇩

イヤな人、苦手な人がいても、
ノンデュアリティでは起きることが起きるだけだし、
思考はただ単にわいているだけだから、
その人自身とは関係なかったり、自分とも関係なかったりするんです。
いまここ。ジャッジしない。
無になってみたら相手の言っていることがなーんにも感じなくなる。
外側で何があろうと内側は穏やか。
今ここに戻る。

〜あるブログより アレンジを加えて使わせていただきました〜

また スピ界には様々なグッズがありますね。

飲める精油 (ド○ラやヤング○○○○など) とか、
フラワーエッセンスとか、
利用されてる人も多い人気のツールです。

こういうスピツールを楽しむのはちっとも構わないし、
やりたいことはどんどんやろう!と私はいつも言ってます。

ですが、
これらを使っている人たちは
もうそのスピグッズにどっぷり頼りっきりの人が多いです。

人生の中でなくてはならないものにしている。

毎日のようにお世話になっている。

このフラワーエッセンスはこの症状に効きます。
この精油はこの状態を和らげてくれます。

私はそう書いてあるのを読むとき、

「この人たち、このスピグッズを使いたいから、その症状・状態を自ら作り出して、ずっとそこから離れられないでいるんだな (★) 」

って思えてます。

彼らは
その症状・状態を
根本から癒そうと思ってない。

なぜなら そのツールが使いたいから。
そのツールを手離したくないから。

そして何より
そのツールをお金を稼ぐ手段に利用してるから
やめられなくなってしまってるんですよね。

依存になってしまってる、と言ってもいいくらいの人も多い。

そのツールに ”依存“ していたと気づいて、手放す勇気を持てる人もいるでしょう。

でも、根本解決できていないと、
依存できるものをまた他に探そうとしてしまうんですよね。

依存といえば、私が思い出すのはドリーン・バーチューさん。

彼女は自分がやってきたことをぜんぶ否定して、手放されました。

私はニュースをそこまで読んで「おお〜♡」と一瞬思ったのですが、

そこから先をぜんぶ読んでこう思いました。

「なんだ、依存先を変えただけじゃん」

先ほど(★)に書いたのは自我エゴの仕組みです。

自我エゴの仕組みが分かると 自我のコントロールに巻き込まれ難くなる……

のですが、

やはり、頭でそれだけを知っても対症療法にしかなりません。

フワスピ系の
「宇宙のカラクリが分かった♡」
というのもそう。

自我エゴの仕組みが分かった♪
という人たちはけっこういらっしゃいます。

でもこれも、
仕組みを先取りできたことで、
問題が解決できてしまったかのように錯覚してしまう。

だけどその仕組みを頭で分かったからといって、
根本からの解決になってるわけじゃないんですよね。

こういった自我エゴの仕組みを先に知ってしまうと、
その先も仕組みだけを見てしまって、
覚醒に大事な原因探しが疎かになっていくのです。

人間って、
仕組みを知ってしまうとそこで満足してしまうもの。

何か壮大な「宇宙のカラクリ」を知れたという自我エゴの到達感に溺れ、
自分は覚醒していると勘違いさせられることになる。

それですべての問題が解決できたような気になってしまう。

他の問題にもそれを当てはめて、
手っ取り早く済ませようとしていってしまうんですよね。

「人は鏡」というのも、
対症療法で終わってしまうことがあります。

すごいマナーの悪い人を見かけて、
自分にももしかしたらそんな所があるかもしれない…………
あった〜!
自分もこれから気をつけよう〜!

もちろん、良いことですよ。

でもそれで終わらせると対症療法にしかなっていません。

マナーの悪い人を見かけてどう思ったのか
どう感じたのか
なぜその人を見せられたのか
なぜならそこに昇華させるものがあるから

そこまでやるのが原因療法です。

悟り系でよく言われる「すべて幻想」というフレーズも。

見たくないものを「すべて幻想」として、
気が楽になっていく(なったような気がする) のは対症療法。

「すべては幻想」という知識はあっても、
そこを掘り下げていって元の種を見つけて昇華させていくのが原因療法。

スピ界でよく取り上げられるようになった「感情解放」もですね。

感情をとことんまで味わいきれたらそれで終了♪
のように思われていますが、
これも残念ですが対症療法にしかなっていません。

スピリチュアルの感情解放をやって、
それでスピ的な満足感を得ている
というのは、
自我エゴの溜め込みですのでね。

私のブログ記事は主に覚醒や悟りを目指している人を対象に書いてるとブログ案内に記しています。

まだ溜め込みをやっている人たちが私のブログに書かれている情報を取り入れていくのは早いこともあります。

実際、私のブログを読んで頭だけの生悟り状態になってしまってる読者さんもいると思います。

情報を知っただけなのにも関わらず、
自分では何も実践していないにも関わらず、
自分も悟りが分かったかのような錯覚に陥ってしまう。

私はそれを
「ダミーの悟り・悟りモドキ ( 頭だけで分かった状態 ) 」
と呼んでます。

悟りってのは頭だけで分かることじゃないのです。

悟りは実践していった暁 (あかつき) にあるものなんですよね。

こうやって見ていくと
スピ界の大半は対症療法だと分かります。

スピ界では原因療法と言えるのは
内観だけです。

スピ界では対症療法で満足してしまってる人が大半です。

それならといって対症療法をやめて原因療法を求める

というのも自我エゴなんですよね。

何度かお伝えしてますが、
手放しのステージに進むには
溜め込みのステージを存分にやっておく
ということが必要です。

いわゆる里の行です。

里の行もやれていない、
中途半端な状態では、
原因療法 (内観) へ進むのは難しいです。

でも それでいいならそれもいい。

皆さんの思うがままに歩いていってください。

私は対症療法が悪いと言っているのではありません。

だけど身体だけでなく心の問題も
根本治癒させないと
再発の可能性がある
というのは自明であると思います。

真から苦しみを滅したいのなら、
対症療法で満足するだけでいないでください。

原因療法 (内観) に向かって
一歩一歩 歩いていってください。

と、ここまで書いてますがね。

スピツールにどっぷり♡
一生これをやっていく♡

でももちろんいいのですよ。

人 (shandrani) の言うことを聞かなきゃいけない!なんてことはないんです。

人の言うことより、
自分のやりたいことをやる。

それができるのが一番なのです。

私は昔、
そこそこヘビースモーカーで、
タバコ大好きで、
一生タバコ吸っていく!
って思ってました。

タバコやめる気なんてさらさらありませんでした。

でもある日 、
「あ、もう私には要らない」
って思って、
その日からピタッとタバコを吸うのをやめたんです。

その日から今まで一本も吸ってません。

人間の人生って
そういうこともあったりするんです。

なので 四角四面に捉えすぎず、
流れに身を任せて行こう〜♪
なるようにしかならない〜♪
って感じで行かれても良いと思います。