キリは、あります。

「自分と向き合ってもキリがない」
「 観念を解放するなんてやればやるほどどんどん出てきてキリがないですからね」
「探求はキリがないよ」

こう言う人はスピ界にけっこういらっしゃいます。

ノンデュアリティ系のかなり有名なティーチャーも、
「悟っても悩みがなくなるわけでも自我がなくなるわけでもありません」
と言われてました。

とあるヒーラーさんも、
「ブロックをいくら外しても、次のブロックが出てくる。
いくらヒーリングをしても、常に癒されないなにかがある。いったいいつまでやればいいんだろう?」

悟り系ブロガーさんも、
「思考や感情想念の観察、つまり内観という作業をどこまで押し進めても、はっきり言って何も得られません」

とあるセミナージプシーさんも、
「ありとあらゆる癒しの手法を受けてきました。
セルフヒーリングもやり続けました。
徹底的にやりぬいたので効果があることは分かっています。
だけど。このアプローチはキリがないんです。
やってもやっても”次に対処すべき何か”が現れる」

皆さん

「だからあなたも探求なんてやめておきなさい」

と仰りたいのでしょうか。

スピのティーチャーたちがこう言う場合、

「やってもやってもキリがないよ〜」
「だからお手軽な洗脳の方を信じておきなさい〜」

って、 暗に相談者を操って 自分の方へ引き寄せて お客にしたい

という自我エゴがあります。

自分のセミナーやセッションで
より深い洗脳へと誘導し、
スピ世界に足止めし、
覚醒していけないようにする。

もちろんご本人は無自覚 (自分の自我エゴに気づいてない) なのですが。

スピの
「キリがない」
って言ってる人たちに聞いてみたい。

キリがないって言うけど、
あなたはどこまで観たの?
どういうやり方でやってきたの?
なんでキリがないって結論づけたの?
それって途中で諦めてしまっただけじゃないの?
挫折してしまったってことじゃないの?

誰でもない自分のことなんですよ?

他のことならまだしも
自分のことを
途中で諦めて投げ出してしまっただけなのを
「キリがない」の一言で済ませちゃってるんじゃないですか?

悟りや覚醒や自我エゴの昇華について言えば、

「キリ」はちゃんとあります。

私が経験してますから。

自分の中の自我エゴを “すべて完全に” 昇華し終えたなら
そのときちゃんと自分で解るものなのですよ。

だけど 人間としての学びは また別のもの です。

それはキリがないといえるでしょうが、
人間は死ぬ直前まで何かしら学べるものだと私は思っているし、
そうあれたらいいな と思っています。

スピの人の中には

数十年 自分と向き合ってきたけどたいして何も変わらなかった、
だからキリがないって結論づけた

という人も多いです。

自分との向き合い方が足りてなかったのか、
やり方がおかしかったのか、
でももしかしたらドリカムの歌にあるように
諦めなければ 10001回目に
突如として自分との向き合い方に変化があるかもしれない。

それは自分にしか分からないことですが。

諦めなければ何かしらの結果は出るんです。

私は
内観をコツコツやり続けていったら
5次元覚醒 (悟り) まで行けた。

そんなことは期待していなかったのに。

ただただ 自分と向き合い続けた。

途中で諦めるか 諦めないか。

その違いなだけ なんじゃないか と思えます。

でもね、
必ずしも5次元覚醒 (悟り) まで行き着けなくてもいいんですよ。

自分の答えが見つかるだけで心は嬉しい、喜ぶんです。

質問は例えば

「今の苦しい私になったのはなぜか?」
「なぜこんな自分になったのか?」

他にも皆さん自分の中に問いがあるはずです。

私にもたくさんの問いがありました。

一番大きな問いは
「なぜ私は母親に虐待されてきたのか」

答えは解ったし、
スッキリ解決もできました。

今、私の中には一点の曇りもないです。

❉ その答えをこちらの記事にまとめました。よければどうぞ。

皆さんも自分と向き合うことをやめなければ、
自分だけの答えは必ず見つかり、
自分を癒せ、
軽くラクになれる。

私はそう確信しています。

だから多くの人に内観をやっていただきたいと思っているのです。

✲ この記事はオンラインサロンにコラムとして投稿したものです (2020-12-07) 。


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